無駄な想像

あまり意味のない想像を書きます

風呂の椅子

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風呂の椅子はバスチェアという名前があるらしい

家の風呂だけでなく、銭湯でも同じような形状のものが使われている

 

現在は若者の銭湯離れが進み、高齢の利用者が多い

足の悪い高齢者も多く、利用が難しいために行かない高齢者もいるだろう

そこで、銭湯も楽になる時代がくるかもしれない

 

例えばバスチェアが機械化し、乗り物になれば

更衣室から洗い場、洗い場から浴槽へ自動的に移動し、歩かなくてもすむ

その経路で自動消毒されれば、洗い場でバスチェアに湯をかける必要もない

その速度も利用客の多いほど速くすればいい

 

しかし、安全性の問題点もある

速度のエラーが起きた場合に利用客が裸で投げ出されてしまう可能性がある

湯舟に浸かることを心から楽しみにしていたおじいちゃんが

浴槽でチェアが止まった拍子に投げ出されてしまうのだ

打ち所が悪ければ最悪の事態も起こりうる

次々に利用客が投げ出されれば人と人がぶつかり、

浴槽は裸の人で埋め尽くされて地獄絵図と化すだろう

その他にも、水風呂に投げ出されれば温度差で心臓が止まってしまうかもしれない

 

一台でもいいので万能介護ロボットがいる方がいいのだろうか

団子の串

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団子は種類も多く、歴史も古い

食べ方、盛り付け方も様々だ

串付きのみたらし団子が最もポピュラーではないだろうか

 

団子の串は普通、食べればただのゴミとなり捨てられてしまう

団子を指して食べた串なので、団子の残りかすがべっとりとついている

粘着力はほぼないが、指が触れると少しだけ汚れる、そんな深いな粘着だ

しかし、使い道は残されているだろう

 

時に人は嫌がらせにより不快感を与えることで憂さ晴らしをする

ブッシュ政権ですらホワイトハウスを渡すときに、

引き出しを接着、ドアノブを外すなど嫌がらせをしたらしい

 

食べ終えた串には単純な粘着の不快感と

誰が食べたか分からない生理的な嫌悪感がある

例えば、引き出しの取っ手にしのばせ、触らせれば、

所有者に嫌悪感を覚えさせることができる

また、ゴミを再利用する一種のエコではないだろうか

 

今の環境大臣も交代の際、環境省の机にこれを行えば

嫌がらせとともに国民にエコへの関心をアピールできるのではないだろうか

耳かきについているポンポン

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耳かきにはポンポンがついている

白いふわふわした塊だ

これには名前があり、梵天というらしい

耳かき後、細かい耳かすを払うのに使うようだ

その愛らしい姿には別の用途があるように思える

 

アニマルセラピーという言葉がある

これは動物から癒し効果を得る手法のことで、主に犬を使うイメージがある

 

耳かきのポンポンはポメラニアンのなりそこないではないか

白くてふわふわで小さい

鑑賞しているだけでその柔らかさを想像でき、触らずとも癒される

指で掴めばたちまち暖かさに包まれる

 

梵天がついた耳かきは安価で、どこででも手に入る

現代はストレス社会であり、ストレス解消法は常に必要とされる

彼は小さいながらも救世主となりうる

栓抜き

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栓抜きは場所を取らない

あの小ささ、薄さで十分に機能する

 

しかし、ビンを開ける機会が減ったため、今は使うことも少ない

最も使うであろう瓶ビールも缶がメインとなってしまった

 

昭和の時代には家族でテーブルを囲んで夕食、大黒柱の手元には瓶ビールと栓抜き

そんな風景もよくあっただろう

 

昭和は今より犯罪も多く物騒だったと聞く

夕食時に敵襲があった場合、手元にある瓶ビールと栓抜きで戦わなければならない

 

栓抜きというのは王冠を固定し、テコの原理を使って瓶から外す

しかし緊急事態、そんな悠長にしている暇はない

父はシュラとなり、瓶ビールで相手をたたき、

ひるんだ相手に栓抜きを何度も何度も食らわせるのだ

 

時として幸せのビールのおともは戦友となる

栓抜きは昔のお友達

スポイト

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スポイトという少量の液体を移動する器具がある

私は小学校の理科の実験以来、目にしたことはない

なぜなら一滴という少量、

もしくはスポイトの先ほど狭い入り口の容器に移動させることがないからだ

 

日常的に、少量の液体を扱うものとしては小さじがある

最近の愚かなレシピ本には調味料に関して、〇〇少々や「お好みに合わせて」

などの曖昧な分量の表記がある

これでは正確な味を再現できない

 

なので〇〇を〇〇mlや小さじ何杯の表記はとても助かる

しかし、実際に小さじを使ってみると、多く盛ってしまったり

すりきりが難しく正確に測れないことがある

 

スポイト表記ならどうだろうか

醤油スポイト〇滴と表記し、一滴の実物大の写真を載せる

 

人生における迷いの一つがなくなる

 

車の窓のハンドル

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昔の車は窓を手動で開けていた

開閉に回すレバーはレギュレーターハンドルという名前らしい

今は小さなボタンで上下に操作するのが一般的だ

 

よく、子供が窓から手や顔を出してしまったために重大事故が起きると聞く

当然ながら、今の車は挟まりを検知して窓が下がる安全装置がついているだろう

 

しかし手動の場合はどうだろう

例えば、助手席にボブサップのような怪力黒人が乗っていて、

その肩に小さな子供が乗っていたとする

子供が顔を出すのと、怪力黒人がレバーを回すのが同時になってしまった場合、

子供の首は落ちてしまうのだろうか

 

もちろん、怪力黒人が危険を察知できれば良い

しかし、彼が「窓枠にゴミやほこりが詰まっていて、窓が閉めにくくなっている」

そう思った場合、力いっぱい閉めてしまう可能性がある。

 

黒人は子供の首が落ちた瞬間、ことの重大さに気付き、膝から崩れ落ちるだろう

彼は自分の力の強さに後悔するだろう

自慢の怪力が、これからは罪となるのだ

その心中を察することはわたしにはできない

チョコの銀紙

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板チョコは銀紙で包まれている

どうやらカカオ、ミルクの香りを逃さないためにあるらしい

 

別に香りなんてしない気がする

しかしチョコといえば銀紙というイメージがある

今では普通だが、出はじめのころはどんな驚きがあったのだろう

 

今までは紙袋、ビニール袋、ビンなどにお菓子が入っていたのにいきなりの銀紙

どこか高級感があったのだろうか

 

紙が銀色であるが故に、遊びに仕えたのだろうか

例えば、よくある新聞紙を丸めた棒の先に

三角に折った銀紙をつければ魔法のステッキになる

子供がこれを振り回せば魔法を使えた気になるかもしれない

実際には何もできないのだけれど

 

秦の始皇帝は不老不死になると信じて水銀を飲んだらしい

銀色のものには不思議な魅力がある

今はアルミホイルという銀色のものがどこででも安価で手に入る

良い時代になったものだ